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いちまんのいいことば

すてきなことばあつめました

人間の生き方に、正解なんてないんだよな。

小説 人生 考え方

どこで暮らそうが、どんな仕事をしようが、誰と一緒になろうが、どれだけ偏った思想を持とうが、全部個人の自由だ。法律やルールを守った生き方であれば、他人がとやかく言うことじゃないし、ひっちゃんのケースだって、本来なら俺がいちいち口を出すことじゃない。

 

──相原恵太(『神様もう一度だけ愛してると言わせて』より)

 

籍を入れたその日に死んだ夫を思って一人を貫こうとする瞳。そんなのは死んだ彼も嬉しくない!という流れでの台詞なので、ちょっと尻切れトンボですが。

 

本人が幸せならば、どんな生き方をしていても、他人がとやかく言う筋合いなんてホントは一切ない。ないんだけれど、相手の生き方が自分にとってはとても幸せで無いような状況だったり、自分が想像もしなかったような生き方をしていたりすると、どうにも口を出したくなってしまう。

それは、相手を思いやってのこともあるし、妬ましさから来ることもある。まぁ、人間だもの、すべてを合理的にすることなんてできやしない。

それでも、他の人に口を出す前に、ちょっと己を振り返って欲しい。自分はどうなのか、と。自分は自分が幸せだと思えるような選択をできているのか。不幸せなのに何の解決策を考えてもいないなんてことはないか、と。

自分よりも他人って言うと聞こえはいいけれど、まずは自分でしょ。自分がある程度の余裕があるくらい幸せでないと、本当の意味で他人を思いやることなんてできやしない。切羽詰まってたり、どん底だったりしたら、どうしても態度にトゲが出てしまう。

まずは自分が他人にどう言われても今が本当に幸せなんだ。そう思えるようになっていかないとなのだよ。

 

私も精進せねば。

 

 

自分が思う「らしさ」が、実はよそから借りてきた単なる空想にすぎないからである。

行動 気持ち

リーダーとは強い統率力と素早い判断力を持ちみんなから尊敬されるものである、なんてのは状況によってはまったく通用しない。

父親だって、夫だって、なんだってそうだ。

その人なりの答えが本当はあって、それを見つけ出すためにみんな四苦八苦してるわけである。

 

──いぬじん (id:inujin)(「犬だって言いたいことがあるのだ。」より)

 

「~らしい」よく聞く言葉である。女らしい、男らしいが一番、遭遇頻度は高いのかな。女の子らしくおしとやかにしてなさいとか、男らしくナヨナヨしないとか、定番のワードっていくつかあるよね。

なんだか、その定番ワードに反することをしていると、途端に自信を失うみたいな感覚は何なんだろう。女なのにおしとやかにできないんだけど、私、女失格?と思うことはちょいちょいある(が、しぐさを直せる気はしない)。あと、大人なのに自己管理できないとかもあるかな。睡眠時間とか感情とかコントロールできてない部分はいっぱいあって、それが大人らしさからは遠い気がしてしまう。

でも、そんなの無視だ無視。どうしてもこれが一般的って言われると、そうじゃない自分と比較してヘコむ瞬間はあるんだけど、だけど、人は人、私は私って言い直せるようになってきた。

日本人的な横並びじゃないとどうにもムズムズする感じは仕方がないことにして、でもやっぱりそんならしさ、自分には関係ないって思い直せる力って大事よね。

 

 

やりてえことを、やりてえようにやって生き、そのうち死ぬ。そんな暮らしがおらはしてえ。

人生 習慣 考え方

食いてえから食う。寝てえから寝る。抱きてえから抱く。殺してえから殺す。何にも縛られねえし、誰にも従わねえ。

(中略)

楽しくねえことはしたかねえ。嘘をついたり、約束を破ったり、後味が悪いこともしちゃいけねえ。心に負い目を持っちまったら、猫のようには生きられねえ

 

──ハンス・ハンプティ(『六花の勇者 archive1』より)

 

自由気ままに生きる殺し屋の言葉が、人生の参考になるか分からんのだけれど(笑)

したいことをしたいままやれる猫みたいな生き方って羨ましいなって思うし、生まれ変われるなら猫がいいな思う時もある。

とはいえ、少なくとも現代日本に生きている限り、すべてをやりたいように出来るなんてことは有り得ない。仕事は好きなようにやっていても家庭では我慢するところがあったり、逆に仕事は窮屈にやっているけれどプライベートは好き放題だったり。自由にワガママに生きているつもりでも、ちょっともやりたくないことをしていない人なんていないんじゃないかな。

だからって、悲観するのも間違ってて、なるべく自分が幸せでいられることを選んでいく。ラクに生きられる方法を探っていく。その努力を怠って、苦しい苦しい言うばっかりってのはあんまりにもお粗末じゃないですか。

 

六花の勇者 archive1 (ダッシュエックス文庫)

六花の勇者 archive1 (ダッシュエックス文庫)

 

 

恋愛に限ったことではありませんが、自分からアグレッシブに動いた結果ならば何事もムダにはならないはず。

恋愛 行動

なんとなく待ちの選択をして、なんとなくうまくいかなかったら悔いしか残りません。仕事はきっちりしているのに、恋愛に関してはイマイチ自信を持てない女性も、一歩踏み出してほしいと思っています。

 

──桐谷ヨウ(「マイナビウーマン」より)

 

仕事も恋愛も基本的に変わらないはずなのに、恋愛になると足踏みしてしまうのはなんなのか。仕事も思いっきりぶつかったら跳ね返されることもあるってのに、恋愛でぶつかるよりもしんどくない。

ってのは、恋愛の方がより感情的なことだからなのかも。いや、仕事が感情的じゃないかっていうと、やる気とかモチベーションは、気持ちの問題なんだけど、これをやらないと前に進めないみたいなことは、やっぱり理性が働いてると思うんだよね。

でも、恋愛だと、相手も自分と同じ気持ちかわからない。でも、自分の気持ちも抑えられない。どうしようどうしようどうしよう。的な(笑)

それでも、行動した結果どう変わるかってのは、仕事も恋愛も変わらない。大体確かな結果が出て、プラスに向かおうがマイナスに向かおうが、気分はちょっとスッキリする。中途半端状態のもやもやが晴れるんだからね。

それでも、仕事に必要な勇気が100としたら、告白には2倍以上の勇気が必要だと思うんだけどね。

  

 

仕事ができて、小金もある。でも、恋愛だけは土俵にすら上がれてないんだ、私は。
 

 

うつ病になって結婚とか出世とか普通の人生をあきらめることにしたのですが、それは決してネガティブな意味ではありません。「執着を手放す」という意味合いです。

習慣 考え方

こだわっているもの、そうしなければならないと思い込んでいたものから距離を置く、ということです。執着を手放すことで、また新たに手にすることができるものがある、とわたしは信じています。

 

──ルイ (id:deperessionnote)(「うつのキセキ。」より)

 

人間のキャパシティには、おのおのの限界があって、それを越えたものはどんどん意識から零れ落ちてしまう。だから、本当に欲しい物ややりたいことがあるのなら、それよりも優先順位の低いものを捨てなければならないのだ。

個人的には、最近鬼の形相でクロスステッチやってるわけですが、まぁ、コレをやめると金銭的にも時間的にもだいぶ別のことできるんだけど、やめれないんだよね。これをやり切ることに執着してるというか*1。本気でやるの苦しければ手放すことも考えるんだけど、今のところそこまでじゃないから続けてるって感じかな。え、結婚とか出世に比べたらみみっちいって?そんなの人それぞれじゃないですか(笑)

ただ、何かを手放したら新しいものが入ってくるって感覚は、実感としてあって、人間関係も新しい人間関係を築き始めると、どうしても古くてご無沙汰な人間関係は捨てざるをえないとか、出会う人の数がそれなりに多いので頻繁に起こる感じです。それは寂しくもあるけれど、自分の中にできる新しい世界みたいなものを味わうのも、それはそれで楽しい。

捨てるって言うとネガティブなイメージがあるけれど、新しいもののためのスペースを空けるって思うと、余分な執着を捨てやすくなるのかもね。

 

 

*1:ちなみに、これ → http://www.cross-stitch.jp/home.html