パズルを解き始めたときよりもあと1文字で完成するというときに邪魔が入るほうが、はるかにイライラする
割り当てられた作業に夢中になると、人はそれを完了させたいと思う。その思いは、完了に近づくにつれて強くなる。ツァイガルニクは次のように結論づけた。「作業を完了させたい欲求は、最初のうちはうわべだけのものかもしれない。しかし、その作業に夢中になるうちに、本物の欲求が生じる」
──ベネディクト・キャリー(「ダイヤモンド・オンライン」より)
やり始めるってのはエネルギーが必要で、やり続けるのは退屈との戦いで、最後のひと踏ん張りは無意識が勝手に頑張ってくれる。私の何かをやり切るまでのプロセスってだいたいこんな感じ。 むしろ、やり始めるエネルギーがあんまりいらない趣味のことだと、どんな邪魔があってもやりきってしまうから困る。やめられない止まらない(笑)
逆にやり始めるのが億劫なことは、波に乗るまでが難しい。この文章を書くのも、一日一回書くってのはもはや習慣になってるんだけど、コメントの最初の一文が浮かぶまでが一番時間がかかる。それがスッと進めば一気に長文書けちゃったりするんだけど、絞り出したような一文から始めると、結局まとまりのないまま時間切れで、なんとくで結論づけちゃうこともある。
やりたいこと、やらなきゃいけないことの波に乗る。最終手段はとにかく手をつけるってことなんだけど、そのためにあの手この手で自分のやる気のなさをなだめすかす。そしたら、まぁ、勝手にやることは終わってるもんなんじゃないかね。